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大阪地方裁判所 昭和29年(ヨ)3637号 決定 1954年12月24日

申請人 千土地労働組合

被申請人 千土地興業株式会社

主文

被申請会社は申請人に対し別紙目録記載の各選定者毎の支給額に相応する金員(合計金四百四拾参万参千八百拾壱円)を仮に支払わなければならない。

(注、保証金五万円)

理由

当事者双方の提出した疎明資料により当裁判所が一応認定した事実並びにこれに基く判断は次の通りである。

一、被申請会社の従業員を以て組織する申請外千土地労働組合(以下組合又は第一組合という)と被申請会社(以下会社という)との間に数次に亘る団体交渉を経て、昭和二十九年十二月十二日年末手当に関し、一般従業員は基準内賃金の一、三ケ月分、大道具係は基準内賃金の一、八二ケ月分、歌劇技芸員は基準内賃金の一、三ケ月分プラス出演料一日分の三四、六日分、支給日を十二月十五日とする外夏季手当解決金に関しても協定が成立し、その旨の協定書を作成会社組合の各代表者が署名調印するに至つたことは、当事者間に争いがない。

会社は、右協定を会社が受諾したのは争議目的の如何を問わずストを回避することを目的としたものであつて組合においてあくまで、師走、正月興行に支障を来さない趣旨に出たものであるに拘らず、会社が十二月十五日組合に対し申入書(疎甲第二号証)を以て右協定に含まれる上記趣旨の確認を求め、同時に回答期限の同日午後三時までに回答なきときは、右協定に基く年末手当の支給はこれを白紙に還元する旨申入れたのに対し、組合においてはこれに対する回答をなさず右趣旨の確認をしない、従つて、会社としては右年末手当を未だ支払うべき段階に立到つていないと主張する。

併し乍ら、団交の経過等に徴すれば、十二月十二日右協定に会社が応ずるに至つたのは、現にすでに同日午前〇時より自動的に突入中の当面の組合のストを回避する目的に出たものであることが窺われ、会社としては右協定妥結により年末年始の興行に支障を来たさないことを所期したであろうことは十分に察せられるところであるけれども、右協定が他の如何なる名目によるも組合において年末年始に争議をしないことを条件乃至基本的諒解事項とすることは、右協定書に明示されてはいないし、又妥結当時の状况から当然のこととして暗黙の裡に確認せられた事項とも認められない。寧ろ、右協定と同時に両者間に取交わされた覚書(二)には「会社は今後組合との労働協約を遵守し、統一のため誠意をつくすことを確約する」とうたわれていて将来の交渉の含みが残されていることが窺われるのであり、年末年始に組合がストを行わずに支障なく興行を続行することは、右協定成立当時会社側において、のぞみを将来に託した強き期待の範囲を出なかつたことが認められる。

然るに、会社が組合に対してなした前記申入書には「一、組合は本月中及び翌年一月中は名目の如何を問わず、一切の争議をしない、二、もし組合並びに組合員にして前項に違反し争議に突入したときは、組合役員を解雇するも組合において異議なきこと」との要求が掲げられておるばかりか、「回答期限までに回答なきときは組合においてこれを拒否したものと看做し、前記協定に基く支給はこれを白紙に還元する」旨の申入が同時になされているのであつて、これは明らかに組合に対し会社が前記協定の内容には存しない全く新しい要求及び申入をなしたものといわざるを得ない。会社がその主張の如き巷間の風評に耳を藉し、右協定による年末手当等の支給当日、しかも徒らに組合を刺戟するが如き前記申入書による申入をなしたことは軽卒の譏りを免れない。

従つて、会社が一旦有効に成立した前記協定をかかる申入書によつて一方的に破棄乃至白紙還元することは、到底許されないといわなければならない。

二、ところで前記協定書により取決められた年末手当に関する事項は当事者の署名捺印により両者間の労働協約と同一の効力を有するに至ることは、労働協約第四十八条の定めるところであり、しかも右事項は労働条件のうち主要な内容をなすいわゆる賃率規範として各労働契約の内容をなすに至ることは労働組合法第十六条に照しても明らかである。従つて、組合に所属する別紙目録記載の選定者等従業員は右協定所定の賃率による年末手当支給請求権を会社に対して有するものといわなければならないのであつて、各選定者が支給をうくべき金額が同目録記載の金額通りであることは会社の明らかに争わないところである。

三、仮処分の必要性について

会社は第二組合に所属する従業員には、第一組合に対する前記申入と同様の申入に対し第二組合がこれを受諾したことを理由に支給日たる十二月十五日すでに年末手当の支給を了しておるばかりでなく、第一組合が十二月十五日夕刻ストに突入後、第一組合を脱落する従業員に対しては個々に年末手当を支給している実情にあり、組合を脱落すれば早期に年末手当が支給されるという誘惑が、組合切崩の一策に用いられる危険性をはらんでいるのみならず、年の瀬正月を目前に控え、選定者が一層生活の窮乏に襲われていることも、今日の社会生活に照して容易に想像できるところである。従つて、選定者が組合所属の組合員として将又市民として直面している以上の如き現在の危難を避けるため、会社に対し右年末手当請求権の現在の履行を求める緊急の必要性があるものと認められる。

四、以上の次第で、本件申請は理由があるから、申請人に保証として金五万円を供託させた上、主文の通り決定する。

(裁判官 坂速雄 木下忠良 園部秀信)

(別紙省略)

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